音楽雑誌編集長を20年以上やってわかった「パクリの境界線」

ミュージシャンたちの創造力を萎縮させる「パクリ疑惑」

パクリ=盗作。アマチュア、プロに関わらず音楽創作に手を出したことのある人間なら、いつも手の届く背後に潜んでいる恐怖だ。
意識的に既存曲を盗もうという意志があってやるのなら、それは立派な犯罪。弁明の余地はない。

しかし近年問題となっているのは、決して意図的ではないのに似てしまったという偶然の一致のケース。
これは果たして本当にパクリ/盗作なのだろうか。

最近話題になったのは以下の2つ。

グラミー賞候補の曲が80’sのパクり? 著作権料支払いへ

イギリスの歌手、サム・スミスの大ヒット曲”Stay With Me”が、1989年のトム・ペティのヒット曲に似ていると、トム・ペティの弁護士から指摘された。サム・スミス側はこれを認め、権利料を支払う意向を示したという。
引用元:グラミー賞候補の曲が80’sのパクり? 著作権料支払いへ.

■サム・スミス『Stay With Me』

■トム・ペティ『I Won’t Back Down』

米陪審、マービン・ゲイの曲盗作でR・シックとP・ウィリアムスに賠償命令 2013年の大ヒット曲「ブラード・ラインズ~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪(Blurred Lines)」が著作権侵害にあたるとして、米歌手マービン・ゲイ(Marvin Gaye)の遺族が歌手ロビン・シック(Robin Thicke)と同ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)を相手取り訴えを起こしていた裁判で、陪審団は10日、被告らに740万ドル(約8億9800万円)の支払いを命じる評決を下した。
引用元:米陪審、マービン・ゲイの曲盗作でR・シックとP・ウィリアムスに賠償命令 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

■ロビン・シック feat.T.I.&ファレル『ブラード・ラインズ~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪(Blurred Lines)』

■マーヴィン・ゲイ『黒い夜(Got to Give It Up)』

 

この2つの例は象徴的で、大問題。なぜなら法律で裁かれてしまったから。
賠償金、権利料などお金の問題で解決が図られているところに大いに違和感を感じる。

音楽雑誌、それも歌本と言われる楽譜雑誌「月刊歌謡曲(ゲッカヨ)」という、まさに著作権料を支払って出版していた権利の塊ともいうべき本の編集長を20年以上やっていたがゆえの、強烈な違和感かもしれない。

 

ポップスの必須条件はどこかで聞いたことのあるメロディー

この曲とこの曲が似てる!と学校のクラスレベルで盛り上がるのは、それはそれで音楽のお楽しみのひとつと思う。
実際に世の中には似ている曲など数えきれないほどあるし、むしろ自分の経験で言えば今までのどの曲にも似ていない曲の存在の方がレア。
特にポップスは、似ていることこそ真髄だと思っていた。

ポップスとは和製英語で、ポピュラー音楽のこと。ポピュラー(popular)とは人気があると直訳される通り、親しみがあるということ。
人間は見知らぬ人に親しみがわかない。知っている(もしくは知っているかのようなイメージがある)からこそ成立する音楽形態である。
ここでいうポップスはロック、ソウル、レゲエ、ラップ、ダンスミュージックなどなど、現代人の愛するすべての音楽が含まれるから、ほとんどのミュージシャンに他人事ではない、念のため。

日本の音楽シーンに当てはめてみても、現在のJ-POPなどとくくられるポップス/ロックの源流はジョン・レノンやポール・マッカートニーが在籍したザ・ビートルズ(The Beatles)とされる。イギリス・リヴァプール発の1960年代から活躍したバンド。ここでほとんどのポップスの実験は済んでいたと考える人も多い。

ではザ・ビートルズが無から有を生み出したのかというとそうでもない。ベースとなっているのは黒人が生み出したリズム&ブルース。ではリズム&ブルースが根幹かというとその根本にブルースがあり、ゴスペル(黒人霊歌)につながっていくのできりがない。
ただそうしたクセのある音楽をベースに誰もが食べやすい形に調理して世界中に広めたザ・ビートルズの功労はあまりにでかいから、現代ポップス/ロックの源流として見るのは適切だと思う。

主にレノン=マッカートニーという組み合わせで、今でも通用する名曲が数多く制作されたので、この2人組の功績に疑いを抱く人はいないだろう。しかし個人的には、彼らもまた良い時代に生まれ合わせたという感は拭えない。

 

ネットの時代、音楽の先行者利益はどこまで許されるのか

1960年代といえばもう50年以上の月日が経っている。黒人音楽の饒舌な翻訳者としてスタートしたザ・ビートルズは卓越した視点を持っていたと思うが、その時代がゆえに存在できたという見方もできる。
つまりその当時は、音楽的に耕されていない土地がたくさんあったのだ。開墾者として活躍できたのは、未開の土地がまだまだ残されていたからだと言ってもいいだろう。

もちろんどんなヒット曲もたいていは忘れられる。流行音楽とはそういうものだ。音楽は古くなり、忘れられ、それをまた違う誰かが発見する。
レコード/CDなどの録音物として残っていたとしても、売れる可能性がなければ在庫を抱えていても倉庫代がかかるだけなので廃盤となり流通されることはなくなる。たとえラジオで珍しい音楽が流されて心を打たれたとしても手に入れる手段がなかった。従って忘却は加速する一方だった。

それを覆したのが、インターネットでありiTunes Storeなどの音楽配信サービスであり、YouTubeなどの動画サイトである。 いったんデジタルデータとなったものは場所を取らないため、永遠に人々の手の届くところにある。

そうなると50年の歳月をかけて実践されてきた音楽実験がGoogleなどの検索エンジンによって大量に見つかることになる。
ギターだけで考えてみよう。ギターを手にとってできること、アコースティックギターや歪ませたエレキギターでできること、弾ける音階のバリエーションなどなど、あらゆることは実験済みだ。
その中でも人に感動を与える組み合わせに限定すると、もう今のミュージシャンができることは非常に数少ない。

初めて発見できるサウンドやメロディーの多かった時代に生まれたミュージシャンはラッキーだった。
今よりも研ぎ澄まされていない才能でも、発見できることがたくさんあったのだから。
これは明らかに先行者利益だろう。

なので新しいことをなかなか発見できない現代のミュージシャンが能無しなのではない。
同じ能力を持っていたとしても、後の年代に生まれた分、不利なのだ。耕されていない畑が存在しないこの時代に生まれた不幸。
石油資源を俺たちたくさん使って枯渇しちゃったから後の世代は節約してね的な匂いがする。
たとえレノン=マッカートニーが最近生まれたとしても、できることは数少ないのが現代の音楽状況ではないだろうか。
テクノロジーの発達は、コンピューターなどにより音楽制作自体を手軽にする一方で、発想に関しては創作者に苦境を与えることとなったのだ。

 

パクリならパクリで、その証拠を提示すべき

数えきれないほどの音楽がネット上にあふれるこの状況で、パクリとそうでないものを分けるためにはどうしたら良いのだろう。

自分としては、受け取る感情のニュアンスで判断すべきだと思う。理論的には同じメロディーで違う感情を伝えることは可能。サウンド、アレンジ、歌詞含めて全てが一致して受け取る感情まで同一でなければおいそれとパクリと判断すべきではないと考える。

偶然の一致は起こりえるし、ネット上に無数の音楽がある状態ではなおさらだ。窃盗を立件するには証拠が必要なのに、音楽の盗作裁判ではそれはなく、結果の作品だけで判断されがちなのは大いに疑問。現行犯の現場を押さえるのならともかく、情況証拠状態で賠償金など有り得ないのではないか。

本当は徹底的に争ってもらいたいところだが、ここにひとつそうはなりにくい理由がある。
というのもいろいろな音楽に影響を受けてきたという感覚がある限り、ミュージシャンは自分の記憶でなかったということを自分でも証明できないからである。
ひょっとしたら無意識に、と本人が自分の脳を疑ってしまうのだ。記憶とインスピレーションの境目は本人でさえ確信できないほど神秘的で、そこは人間の判断できる領域ではないのかもしれない。

 

 それでもなお新しい音楽が生まれてきますように〜老いる前に作れ!

今まであった音楽に後で似ていると言われても、意識して盗作したのではない限り、クリエイターは罪悪感を持つ必要はない。
物理的にもネット上にある音楽を全て聴いてチェックして作るのはもう不可能だ。みんな老人になってからのデビューになってしまう。
だから結果として似てしまったとしても、そこに表現されている感情はオリジナルなはず。

そもそも音楽は継承芸術。いろいろなスタイルを模倣した上で、そこに新しいエッセンスや解釈を加えてミュージシャンたちがお互いに刺激を与えながら切磋琢磨して作品を作り上げているもの。
音階などの数値観測ではかれるものでもないだろう。模倣なくして音楽無しなのだ。

なので勇気を持って音楽クリエイターの皆さんには頑張ってもらいたいと思う。
少しでも違うのなら、それは大きな違い。
その微妙な差をを聴き分けていく事こそライフワークと思っている自分のような人間は他にもきっといるはずだ。

 

■楽曲紹介

In the Lonely Hour (Japanese Edition) – サム・スミス

サム・スミスのこのアルバムに収録されている染みわたる静謐・静止感的フィーリングの『Stay With Me』はトム・ペティのロックンロール・ナンバーとは果てしなく相容れない異質さ。メロディは似ているが流れているビートが違う。

Full Moon Fever – Tom Petty

このアルバムに収録されたロックンロールとしてのグルーヴあふれる『I Won’t Back Down』は、サム・スミスの『Stay With Me』が繊細なら、ワイルド一辺倒なので、感じるフィーリングは全く違う。

Blurred Lines (feat. T.I. & Pharrell) – Single – ロビン・シック

ファレル・ウィリアムス自体がオールド・スクールなソウルミュージックが大好きなのはファンならよく知っているところ。ファレルもマーヴィンもどっちも好きな自分としては、マーヴィンの血統を受け継いでくれてありがとうとは思ったが、盗作だなんて一度も思ったことはない。

The Best of Marvin Gaye – マービン・ゲイ

このベストアルバムは名曲揃い。そこに含まれる初期マーヴィンの代表曲の一つである『黒い夜(Got to Give It Up)』は、ファンキーなフィーリングこそ似ているものの、『ブラード・ラインズ~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪(Blurred Lines)』のフックである♪ヘヘへヘイ〜 部分が存在していないことから別曲なのは明らか。これをパクリだとしてしまうと、ソウル・マナー及びファンクミュージックのお約束そのもののを否定してしまうくらいの危険思想だ。

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