映画「2つ目の窓」と店主弾き語りとアート映画鑑賞術

(※画像は公式サイト・トップページ)

真夏の太陽の下、しまバスで向かう奄美唯一のミニシアター!

さかのぼることまだ移住の興奮も冷めやらぬ真夏の7月、ここ奄美大島を舞台としたということで大いに話題になっていた映画「2つ目の窓」を夫婦そろって見にいくことにした。一般公開前に先駆けて先行上映されました。
何しろそこら中にこのポスターが貼ってあるので、観ないでこの土地に暮らすのは許されないような気さえしたし。
それに奄美の土地に暮らす個性派ミュージシャンのハシケンが音楽を担当しているのもかなり気になったし。

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だいたい映画館のある気配さえしないこの奄美の街、土地勘も全くないのでチラシに書いてある説明を観てもいったいどこで観るんだか全然わからない。
「シネパニック」という何だかたいへんなことになりそうな名前のミニシアターがあるらしい。

どうにかバスに乗れば行けるらしいことがわかった。奄美でバスと言えば「しまバス」。もともと「道の島交通」という名前からチェンジしたものらしいが、そこかしこにまだ「道の島交通」の表記が残っているのがいい感じ。そのしまバスに揺られること20~30分。

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本屋さんに着いた。

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そう、ミニシアターはこの書店「Books 十番館プラス1」の二階にあるとか。外観がとても普通のお家なのでじゃっかん不安。ここの二階に映画館とは想像もつかない。

そもそも座って観れるのか、いやイス自体あるのか、 ともかく暑いからせめてエアコンは欲しいなとか…、様々な妄想がよぎる。
嫁(副編)は映画に必要不可欠なポップコーンの心配をする。一階は何の変哲もない中規模の書店。しかし階段を上ると、

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おぉ!! あったあった、ドリンクはもちろん、温かいポップコーンまで!
そして上映室の中へ入るとがっつりミニシアター。 深紅のソフトなイスにはドリンクホルダーまで装備。映画館にとっては良いことではないけれど、正直すいていて助かった。吉祥寺あたりにありそうなとても良い感じの内装。開演前にスクリーン横の暗幕がほんの少しめくれていたのを直しに来たけど直らなかったというひと幕もご愛敬。

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映画の前のアペリティフ!? 映画館店主が突然ギターを持って歌い出す!

開演前、少し時間があったので通路のイスに座っていたのだけれど、そこに中尾彬+ほんのちょっとなぎら健壱ばりのシブいおじさんが映画のポスターを作っていた。
この書店の店主であり経営者。もちろん併設されているここのミニシアターもこの人がやっている社長さんだそう。
「どこから来たの?」「仕事は何?」という世間話が始まる。「音楽関係の雑誌を作っていたんです」といつものように応えると、「音楽の話したかったんだよ!」と言いながら社長さん、傍らに置いてあったギターを手に取ると(本当にすぐそばにアコギがあった)、「これも何かの縁…」とつぶやいて、ササッとチューニングすると弾き語りでフォーキーな自作曲を披露してくれたのだった。

ここ奄美の地は、働くミュージシャンがとても多い。そしてここの店主もまた例外ではなかった。低めの豊かな響きの声質で、ブルージーなバラードナンバーでじっくりと聴かせる。
映画を観に来て、映画館の経営者に弾き語りで歌われるとは予想だにしなかった。もちろんその歌声は一階の書店にも響き渡る。シュールでありながらもとても特別なひととき。

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普段は「十番館ブルースバンド」というバンドを「マリンブルー」などでやっているそう。

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音楽酒場「マリンブルー」さん

 

時間があったのでもう一曲とさらに披露してくれたのだが、曲の終盤で映画が終わり、お客さんが出て来て話しかけられて終了となってしまったが、こんなふうに中高年になってもいきいきと音楽を続けているひとに出会い、うれしくなる。

 

映画「2つ目の窓」を観て、久しく忘れていたアート映画鑑賞術を思い出す

エンターテイメントの映画なら、何も心配は入らない。サービスの良い飲食店に入ったかのように、されるがままにしていればいい。しかしアート系の映画となればそうはいかない。それなりの心構えで観ないと楽しめないことが多いのだ。

よくアートをエンターテイメントの視点で見て、つまらないと判断することがある。
同じ音楽であり、映画であり、その他芸能であるかもしれないが、この2つは楽しみ方が全く違うものだ。
そこを勘違いしてしまうとせっかくの作品を楽しめなくなるのでもったいない。

もちろん別にアートがエンターテイメントよりえらいとか、そういうことではない。ただ単に種類が違うだけだ。だからその楽しみ方も違っていて当然だろう。

今回、こうして移住した奄美大島を舞台にした映画「2つ目の窓」を観たときに、いわゆる芸術映画の見方を思い出したので書いておこうと思う。そもそも考えてみると、自分は日大芸術学部映画学科出身ではあるけれど、根っからのエンターテイメント好きだったので、芸術映画は何かということに非常に考えさせられることが多かった。

学生時代の自分は、まさにアート映画をエンターテイメントの視点で見て、つねにキレていたのだ。
「何とサービス精神の無い…」「辻褄が合っていない」「エゴの臭みが漂ってくる」
そんなようなことである。

でも歳をとると人間もまるくなるもので、アート映画とエンターテイメント映画、この2つは全く違うものであるとしばらくして気付いた。用法用量を正しく守っていなかったのだ、自分は。誰か教えてくれれば良かったのに、と今となると思う。だから書いておこうと思い立った。きっとこの映画は河瀨直美というその道では有名なアート系監督なので、通常の批評はたくさんあると思うので、あえてそうした内容的なことよりも、見方のノウハウについて書いておきたい。こうした芸術性の高い「2つ目の窓」のような映画を観てキレそうになっている昔の自分のような若者がいるのでないかと思うから。

エンターテイメントは本来親切なものである。わかりやすいことが第一条件で、いわゆるステレオタイプなキャラクターもそこでは意味がある。さすがに主人公まで決まり切ったステレオタイプでは問題があるけれど、中学生以上なら理解できる内容が理想だ。

そこにはアクションがあり、セクシーなシーンがあり、サスペンスが盛り込まれる。観る人を飽きさせないために様々な工夫がなされている。ラストシーンもまた、続編を期待させる狙いがあるのでもない限り、全ての問題はすっかり解決し、爽快感とハッピーエンドをもたらすのが義務になっている。

もちろん悲しいエンターテイメント作品もあるが、その場合は思う存分ティッシュ一箱を消費させるくらい涙を絞り出させるのが目的になり、親子・家族の情愛や人情の部分で神経をもみほぐす役割のストリングスを多用した音楽とともに泣かせることに命を賭けている。

もちろんそれが稚拙だとか子供だましだとか中身が無いとかではない。そういうエンターテイメントでないと生み出せない感動もある。物語の中に埋没させ、架空の次元を生きることによってしか味わえないカタルシスもあるし、人間にとって必要不可欠な感情の消費を実現するのに最適だと思う。

 

アート映画は自分で感じ取るもの。そして人生のベースラインを少し変化させるもの

その一方で、対極に存在するアート映画はいたって不親切なのが相場である。

「いったいどういうこと?」「これは誰の視点?」「挿入されるフラッシュバックのようなイメージはいったい何のメタファー(暗喩)なの?」
という疑問が限りなく生まれてくるのがアート系の映画である。

そうした疑問が生まれてくるのは、エンターテイメント的な見方をしているから。芸術映画はそもそも象徴的なエピソードをまとめてイメージを伝えてくることが多い。そこに意味があるのは当たり前なのだが、それは誰にでも感じ取れるようには用意されていない。

その意味では能動的に味わいに行かないといけないのがアート映画である。
目的もまた、考えさせることが目的。カタルシスよりも観客のこれからの人生のベースラインを変化させるような刺激を与えることが目的だ。

その映画を観た後は、ルート音のみを刻み続けていたベースラインが多少複雑な展開をし始める。それが芸術映画の役目である。

その目的のためならストーリーも破綻するし、右に見切れていった人物が左から登場するようなゴダール映画的な手法も使われる。「そんなことはありえない!」と思わず叫びたくなるような光景がごく普通に描かれるのがそうした映画の特徴なのだ。

ただこれもまた、揺さぶりのテクニック。常識を破壊することが目的だから、既存の常識を逸脱することによって精神を刺激しているのである。たいていの場合、作者の描きたいことはその向こう側にある。だからここはグッと我慢するのが得策だ。

おすすめなのは、一つ一つの出来事を理解しようとしないこと。傍観者の立場でその世界に入り込むことが有効な手段である。風景を見るように、眺めるままに、物事が起きるがままにさせることがコツなのだ。

その技を会得すると、細かいことに捕らわれずに全体の印象を把握することができる。その場その場で結論を急ぎすぎると作者の描きたいことは、どんどん遠ざかって行ってしまう。これは何のメタファーだとか、シンボルだとか、読み解くことも楽しいかも知れないが、たいていの場合、言葉にできないから映画にしているのである。いとも簡単に謎解きができたら、そうした端的な文章をTwitterでつぶやけばことは済んでしまう。

1時間以上にわたって映像をもって描かなければならないテーマは、そんなに単純でないはずだ。

たとえばこの「2つ目の窓」の冒頭では、食べるためのヤギが、人の手によって頸動脈を切り裂かれて屠殺される。生き死にという残酷な現実が普段は巧妙に隠されているけれど、日常的に死肉を食らって人間は生きているのだという事実を目の前に放り出して、日常の平穏に揺さぶりをかける。

他にも人間としてはどうにもできない圧倒的なパワー=台風や、波打ち際に浮かぶ死体、ユタ神という生き神である母親なのに容赦なく忍び寄る死の影、親や少女という存在が持つ性欲など、日常では巧妙に隠されている現実を、潜在意識の中からむりやり引きずり出すのだ。

この行為は時に観客にとって苦痛でもあり得る。思い出したくない現実、スルーしている真実をわざわざむき出しにされるのは、全ての人に好ましい刺激ではない。

映画全体を観て「死を経ても綿々と続いていく波のような生命の連鎖」を描いているとテーマを解説すればことは簡単かも知れない。素っ裸のダイビングで2つ目の窓を開けたのだ、ともっともらしく語ればいいのかもしれない。

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だがそうではない。

この映画に出てくる口数の少ない登場人物は、「……」の中にたくさんのメッセージを解釈できるように作られている。表情の演技だけでは正解がわからないように真相をぼかしている。

奄美大島の海を中心とした自然をただ撮影しているシーンは、人によってさまざまな解釈をする事ができる。投げ出された素材は、それを拾う観客によって様々な価値で受け取られる。

アート映画というものは、クランクアップが完成ではない。半分まで描き出した映画を観て、自分の意識で残り半分を作り上げなくてはならないのが、芸術の本領なのだ。したがって作り手の意図が必ず伝わるとも限らないし、意図とは違う受け取られ方をしても、それもまた正解なのがゲームのルールなのだ。

全てのシーンを観たあとに残る感覚のみが真実だ。それを無理に言語化する必要は、映画評論家以外ないはず。その感触をもって、その後の人生を生きる。もう一つの目をもって、世の中を感じ取るようになることがアート映画の役割なのである。

だからノウハウとしては映画を観ることに集中し、わき起こる感情のみを記憶し、頭の片隅に押しやっておく。無理に言語化しない。
そしていつの日か、「あれはこういうことだったのか!?」と人生の中で閃く瞬間をジッと待つ——。

もちろんこうした見方の決めつけもまた、自分なりの解釈だから、他の人間に間違いと言われる可能性は大きい。しかしそのことについて考えさせるという芸術映画の目的は果たしているので、さほど問題ではない。

そもそも現実は小説=映画よりも奇なりなもので、街にはうなるほどのメタファーが落ちている。一個一個それを拾って、これはどういう意味を持つか、などとは考えないだろう。考えていたら、オートパイロットで動けなくなる。いちいち立ち止まっていたら日常生活は成り立たない。自転車に乗るのに、ひとつひとつペダルに足をのせて、などと考えないのと一緒だ。駅の改札でだって毎回、Suicaを挿入する意味を考えていたら遅刻してしまうから、普段はそうした回路を閉ざしておかないと非常に人間は生きにくいのだ。

そもそも映画館の暗闇は、すでにもう非日常である。普段見ているテレビで、部屋が明るいまま鑑賞するDVDとは埋没度が違う。日常から人工的な暗闇で切断され、スクリーンに描き出される物語は、スマホのように右上に今何時かを知らせる表示も無いし、メールが届いたという通知音が鳴るわけでもない。

無理矢理に平穏な日常に闇で区切りをつけ、普段使わない回路を開放させるという意味では、映画館は意味がある。すっかりDVDでの映画鑑賞になれてしまっていたなら、たまには映画館に足を運ぶとまた大いなる刺激になるはずだ。

その意味でもこの奄美唯一のミニシアター、経営は決して楽ではないと聞いたが、何とかがんばってほしいと思った。

 

帰り道、自由に歩き回るニワトリと奄美では珍しいチェーン店に入る

涼しい館内を出ると灼熱の世界。クラッとするくらいの熱気にノックアウトされる。
だが行きがけのバスで発見していたモスバーガーに入らなくてはならない。奄美大島にはほとんど存在しないチェーン店のひとつだからだ。

当たり前のように家の庭を走り回る自由なニワトリを発見。さすがコンビニで普通に売っている卵が地鶏の地卵だったりする土地柄だ。奄美の人に言ってもなかなかうなずいて貰えないけれど、鶏と卵がとてもおいしいと我々はいつも思っている。

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他にはミスタードーナツとゴーゴーカレーとHotto Mottoがあるけれど、ファーストフードのハンバーガー店は見当たらない。ここのモスバーガーもかつてはケンタッキーフライドチキンだったそうだ。

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久しぶりに食べたモスバーガー(結局頼んだのはナンだったけど)、とっても美味だった。

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映画「2つ目の窓」

カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品【R15+指定】

監督 河瀨直美(『萌の朱雀』『殯(もがり)の森』)
出演 村上虹郎(※父は俳優の村上淳で母はUA) /吉永淳(『あぜ道のダンディ』)/杉本哲太/松田美由紀/渡辺真起子/常田富士男ほか
音楽 ハシケン
配給 アスミック・エース

【スケジュール】
秋田 イオンファミリーシアター能代 10/25~
千葉 キネマ旬報シアター 10/18~31

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