南の島の音楽実験 村松 健 vs 島の働くミュージシャンたち

ライブ及びコンサートというものは、たくさんの楽曲を演奏して
はじめて成立する…。

そんな常識を見事にひっくり返してしまったのが、
「村松健&ASIVIセッション 其の壱」(2014年7月16日 at ASIVI)である。

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そこでは課題曲として用意された2曲を、前半と後半に分けて1曲ずつ
続けて演奏してしまうという実験的なものだった。

もちろん出演するミュージシャンは変わっていく。
しかし曲はアレンジは変わるものの同じ曲。
それがゆえに各々のプレイヤーの持つ個性がはっきりわかるし、
恐ろしいことに上手い下手さえはっきり比べられてしまうということだ。

こんな恐ろしくも刺激的な音楽実験を企てた首謀者はこのライブハウスの
代表者であり自らもサーモン&ガーリックのドラマーとして活躍する麓氏であり、
東京出身のピアニスト/ミュージシャンの村松 健

村松健といえば80年代におしゃれフュージョンの旗手として活躍し、
CMや映画などの音楽も幅広く手掛けてきた日本音楽シーンのVIPのひとり。
印象的な富士通CM曲など誰もが一度は耳にしているメロディーを多数生み出した人物でもある。
そして現在は、本人いわく「東京出身がゆえに希薄さを感じていた音楽的ルーツを求めて
奄美大島に移住」して活躍する、奄美が世界に誇るミュージシャン。

ステージは村松健(Key)とそのグループである安藤浩司(b)、森浩紀(dr)
というトリオ「村松健 O Trio de Pacifico」がメインをつとめ、
そこにひとりずつ島のミュージシャンが登場して、
パートを入れ替えて演奏していくというもの。

出演者はほとんどが島で働くミュージシャン。おいしい料理を作る人、バーを経営しつつ
自分でも店で歌う人、ブティックやカフェで働く人や、公務員として転勤してきた人など
種々雑多ではあるけれど、みんながみんな労働の傍ら音楽活動をこなしている面々。

まさに生活の中に音楽を自然に取り込んで生きている
ワーキング・ミュージシャンの面々なのだ。
この奄美大島という土地にはシマ唄(海に浮かぶ島ではなくて、集落を表す”シマ”の音楽。沖縄の
島唄とはそもそも音階から違い、ファルセットを多用する奄美独自の発達を遂げた民謡)
という土着の音楽があるが、唄者(シマ唄の歌い手)の人に聞くと「唄者がそもそも音楽でお金を
とるということを潔しとしなかった風潮があった」というから、そうした伝統がどこか残っているのか
全く別の仕事で働きながら音楽活動をしているミュージシャンが非常に多い。

ではそういう人が練習時間が少ないからレベルが低いかといえば、そんな事はない。
むしろその逆。日常生活から生まれてくる音楽は、たいていの場合とてもリアルで
心を打つ音楽性を持っている人が多い。

これは以前ゲッカヨがブーム黎明期に取り上げたボーカロイド音楽(同人音楽)でも
感じたことだが、ニコニコ動画しか活躍の場所がなく、経済的にも恩恵のないかたちで
しか活動できなかったがゆえに、普通に就職して働きながら生み出した音楽が
ことのほかリアルで胸を打ったことにも通じるところがあると感じた。

別に悪いことではないが、生活から離れることで音楽は弱体化しがちだ。
別に全員そうというわけでは決してないが、専業になることによって失われてしまう
リアリティも確実にあると思う。

これは例えばお笑いの人でも、電車で移動していた時代に街でネタ拾いをして共感ネタ
を量産していた人が、成功してタクシーでの移動がメインになってしまい、運転手からの
二次的なネタ集めにしか頼れなくなってしまい、芸そのものが庶民の日常から離れて
つまらなくなってしまうパターンに似ている。

したがって最近とみにゲッカヨが注目したがっていたワーキング・ミュージシャンが
大挙出演すると知って、この日のライブは非常に期待していた。

肩慣らしのように村松健トリオが見事な演奏を繰り広げ会場をあっためた後に
いざ音楽実験スタート。
ベーシストのみが交代する、ギタリストが加わる、ドラマーが変わるなど、パートは
島のミュージシャンに入れ替わるが、曲は変わらない。
前半の課題曲となっていたのはマーヴィン・ゲイやダニー・ハサウェイの名唱で知られる
70年代にニューソウルと呼ばれて米国のベトナム戦争時代の不穏な空気感を軽やかなリズムに乗せて
ずっとR&Bの定番曲として愛され続けている『ホワッツ・ゴーイン・オン(What’s going on)』

それこそ原点のソウルスタイルからはじまって、ファンキーなリズムに合わせたダニー・ハサウェイ
の名演に近いアレンジのもの、ボサノバ、フュージョン、ロックスタイルまで色とりどりの
演奏がそれぞれのミュージシャンに合わせて繰り広げられる。

前半最後にはヴォーカリストも登場。
オーストラリアを放浪後、奄美大島でバーを経営しながら精力的に音楽活動
を繰り広げているレゲエ・スタイルを基盤に独自のソウルフルな歌唱がひたすら
かっこいい森拓斗(もり・たくと)らが魅了していく。

休憩を挟んでの後半は一転、課題曲をジャズのスタンダードとして知られるけれど、
若年層には宇多田ヒカルによる「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌としての方が
知名度がある『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(Fly Me to the Moon)』

もちろんジャズアレンジでカヴァーされたパターンもあったのだが、
歪みきったエレキギターによるヘヴィなロック・アレンジなども聴けて
これまたバラエティに富んだ内容だった。

最後はASIVI代表の麓氏と村松健とのおもしろ楽しい企画意図トークを挟みつつ、
村松健 O Trio de Pacificoによる演奏が繰り広げられる。
それはとても凄まじい熱量のプレイで、とくに村松健は夕方からはじまっていた
リハーサルからずっと、ほとんど休まずのプレイとは思えない激しく
ファンキーでセンスたっぷりのフレージングが見事な鍵盤裁きを披露。

まるで緊張で嗚咽していた人も数多かった島のミュージシャンたちのプレイから
パワーを吸い取ったかのように、疲れが出るというより、むしろパワーアップした
エネルギッシュなプレイを見せて、会場内を圧倒する。

終演はやはり深夜。
奄美特有の終電がないという利点を最大限に利用しての長丁場となった。

このライブで感じたのはワーキング・ミュージシャンの魅力と、
村松健のプレイヤーとしての物の怪なみの底なしのエナジー。
プレイすればするほどパワーアップする尋常でない底力。

さらに同じ曲をミュージシャンを変えながら続けて演奏するという
独自の音楽実験は、主催者にとっては退屈を危惧されていたが、
真逆の新鮮さで、一秒たりとも飽きることがなかった。

むしろこのライブスタイルはセッションとしての音楽の魅力を最大限に
引き出すものだと確信した。「アイツがこう来たのなら、オレはこう行く」
というライバル心もかき立てるものだし、名曲と呼ばれる楽曲が持つ可能性を
様々なジャンル横断のアレンジで無限に掘り起こす作業であるようにも思えた。

これはぜひとも全国で真似してほしいと思った。

南の島で始まった音楽実験が、日本全国に、世界中に広まってくれたら
音楽シーンも相当楽しいことになるんじゃないかと心底思ったのだ。

やっぱり奄美に来て良かったと感じさせる一夜だった。

(夫)

●村松 健オフィシャルサイト

村松健オフィシャルサイト

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